面白くなくても読むべき名作小説を紹介【古典文学10選】

本ってのは面白くなくても読むべきものなんだよ!

最初は面白いと感じなくても、読んでいくうちに面白くなってくる。ビールみたいなものだ。

今は漫画とか映画とかゲームとか、面白いコンテンツが山程あって、本ってのは娯楽としては間違いなく魅力の乏しいメディアだと思う。

だが、「本を読める人」になると、単なる暇つぶしの娯楽とは比べ物にならないくらいの快楽を読書から得られるようになる。

俺がおすすめしたいのは、「過去の名作」を読むことだ。現在書店に並んでいる娯楽本と比べて、とっつきにくさはあるが、作品の持つ本質的な魅力は桁違いだ。

村上春樹の小説『ノルウェーの森』に出てくる「永沢」という人物は

俺は時の洗礼を受けていないものを読んで貴重な時間を無駄にしたくないんだ。人生は短い

と言っていた。彼は死後30年経たない作家の本は手にとらなかったらしい。

「時の洗練を受けて」読み継がれている本は、人類の至宝とも呼ぶべき知性が詰まった宝箱だ。このような知性にアクセスするには、好奇心とページを捲り続ける気力が必要だが、今までになく素晴らしい体験をもたらしてくれるだろう

だから、数ページめくって面白いとは感じなくても、さらにページをめくっていった先の感動を味わえる人が少しでも増えて欲しいと思うぜ。

だからといって、闇雲に難しそうな小説を読んでも挫折してしまう可能性が高いだろう。

今回は、比較的読みやすく、面白さを感じやすく、なおかつ得るものが多いであろう名作を解説&紹介していく。

 

ゲーテ『ファウスト』

誰でも名前くらいは聞いたことがあるだろう。世界一有名な小説の一つだ。

俺がまず『ファウスト』を薦めるのは、「短くて読みやすい」からだ。完成に60年の歳月が費やされ、ゲーテが生涯をかけて生み出した作品だが、「大著」というわけではない。

驚くほどスケールが大きく、明確な満足感が味わえる小説でありながら、『ファウスト』ほどとっつきやすいものは他に思い当たらない。(他にはシェイクスピアの戯曲くらいかな。)

あらすじだけなら知っている人も多いだろう。荘厳な博士であるファウストの元に、誘惑の悪魔であるメフィストフェレスが訪れ、契約を持ちかけて……という導入から始まる。後に描かれる様々な作品のベースにもなっているぞ。元ネタを知っておくという意味でも、読む価値はあるだろう。

キリスト教的な思想と世俗的な欲望が混ざり合いながら物語が展開していく様はまさに圧巻!

比較的カンタンに読み終えることができるし、絶対に読破しておきたい古典だ。読書に慣れてない初心者にも自信を持っておすすめできる。

 

ダンテ『新曲』

『ファウスト』ほど読みやすくはないが、教養として絶対に知っておきたい作品。イタリアを形作った文学。

多くの作品の元ネタである描写が多いので、近年の娯楽に親しんでいる人は、むしろ見知ったモノばかりが出てくるように思えるかもしれない。

主人公ダンテ(著者は自分を主人公としている)が、地獄、煉獄、天国を渡り歩くという、なかなかエンターテイメント性のある構成。多くのSFやファンタジーのネタ元になっているのも納得だ。

物語でありながら詩でもあり、地獄変(1+33)歌、煉獄編33歌、天獄篇33歌から成る、幾何学的に構成されている作品でもある。

人物名が多く、詩的な表現で描かれているので、読みやすいとは言えないが、間違いなく苦労して読む価値がある。

 

ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

非常に有名な小説なので、名前を知らない人はいないだろう。読み通すのは時間がかかる大長編だが、読みにくさはまったく感じない。

ドストエフスキーの小説には、ろくでもない人間がたくさん出てくるのだが、逆に言えば、今の世の中は、人間に対する要求が異常に高くなってるということでもある。

過去の名作小説に触れることで、「人間とはそもそもどういうものか?」という、時代の短期的な潮流に左右されない基準が得られるはずだ。それに関して、ドストエフスキーは本当にたくさんのことを教えてくれる作家だと思ってる。

『カラマーゾフの兄弟』くらい壮大な作品を読み通すと、普段感じているような悩みが本当にくだらないことのように思えてくる。十分に高く評価されているから俺が今さら言うまでもないのだが、マジですごい小説。

ドストエフスキーは『罪と罰』も好きだが、やはり『カラマーゾフの兄弟』は良い。本当に得るものが多い小説だし、これから何度も読み返すことになると思う。読めば読むほど面白いと思える場面が増す。読書の醍醐味を象徴するような一作。

 

トーマス・マン『魔の山』

まるで「修行」みたいな小説。エンターテイメント的なワクワク感はないが、まるで自分が病人になったことを「体験」できるかのような読書体験。

ドイツ流の教養小説(ビルディングスロマン)に属する小説で、「教養小説」とは一般的に、主人公が様々な体験を通して成長していく過程を描くものだ。

結核にかかった主人公のハンス・カストルプは、療養のためにサナトリウムに滞在することになるが、そこで様々な人と出会い、精神の旅を経験する。

かなりの長編で、全体的に陰鬱なトーンなのでますます長く感じるが、読書でしか得られない奇妙な体験のある作品。これを映画やドラマにしても絶対にうまくいかないだろう。

「これぞ読書だ!」と言わしめんばかりの、「教養小説」の代表格だ。時間があるときの挑戦してみるといいだろう。

 

マルケス『百年の孤独』

これも、小説だからこそなし得る体験が得られる名作。

コロンビア人の作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの代表作で、なんともとらえどころがない。

「難解」というのとも違う。読みにくさは感じないし、それどころかグイグイと引き込まれている。だが、「どういう小説なのか?」と聞かれると説明は難しい。要約は不可能かもしれない。

人類の業と、人が生きていくことのものすごいパワーを感じさせられる小説で、呆然としてしまう読後感だった。

この小説には、確実に何かしら勇気づけられるものがあると思う。意味不明な小説でありながら、多くの熱烈な読者を持ち、マルケスはノーベル文学賞まで受賞している。

1967年と、比較的新しい作品でありながら、世界文学の古典の一つに位置づけられようとしている、奇書にして世界レベルの大傑作。

 

ユーゴー『レ・ミゼラブル』

レミゼは、劇でも映画でも有名で、知らない人はいないだろうが、原作はヴィクトル・ユーゴーの大河小説だ。

めちゃくちゃ長いが、時間をかけても読む価値がある。

ジャン・バルジャンやコゼット、ファンティーヌなど、キャラクターの強烈な個性から、最も演劇化に成功した小説とされている。しかしその登場人物の強烈な造形は、アニメ的な誇張ではなく、地に足のついた人間から発せられる究極のリアリティだ。

「これこそが小説の真髄だ!」と思えるくらい、豊かで迫ってくる人物描写。それぞれの内面を想像するほどに思い余って、大河小説でありロマン主義の面目躍如と呼ぶべき世界観を味わえる

 

プルースト『失われた時を求めて』

途方もない大長編。

2010年くらいから岩波文庫で、吉川一義氏の新訳が出版されているのだが、まだ完結していない。(全14巻で、今12巻まで出てるので、あと1年で全部発売されるだろう。今からが読み始め時かもしれない。)

世界の文学史に金字塔を打ち立てたプルーストだが、その主著である本作は、驚くほど長い。あまり長すぎて、全体像を把握するのは不可能ではないかと思われるくらいだ。

人の人生を追体験するような味わいがあり、やはり長い小説には理由があるのだと思わされる。自分とは違う世界、違う価値観に分け入っていくためには、これだけの分量が必要なのだ。(プルーストがどういう意図で書いたのかはわからないが。)

20世紀を代表する小説と評されているが、こういうヤバい長さの小説があるということだけでも知っておいてもらいたい。俺も一度通読したが、二週目を読む気にはなれん。

 

ディケンズ『二都物語』

これは、かなりエンターテイメント性の高い小説で、1859年に発行されたそうだが、全世界で2億冊以上を売り上げている、とんでもないベストセラー。

ストーリーがわかりやすく感動的なのだ。(今となってはありふれているように感じるかもしれないが、当時の基準では革命的だった。)

ただ、ディケンズはめちゃくちゃ小説が上手いので、最初のパリの街の描写を読むだけでうっとりするレベルの文章力。人物描写の完璧。中野好夫氏の翻訳も素晴らしい。

通俗的なストーリーで人気を博していたため、19世紀の文壇からは評価が低かったディケンズだが、俺は大好きで、文章の本質的な力を感じることのできる名作が多い。『二都物語』はその代表だ。

もちろん、現代のイギリスでは、ディケンズは国民的作家として不動の評価を得ている。

 

シェイクスピア『ベニスの商人』

シェイクスピアの戯曲も、できれば読んでおいたほうがいい。戯曲形式なので、登場人物が多く、文章だとちょっと読みにくいけれど、「やっぱりシェイクスピアってすげえ!」ってなると思う。台詞回しがものすごく良い。

しかも内容もめちゃくちゃ面白くて、色々考えるキッカケにもなる。もはや説明は不要だろう。

好きなものから読めばいいと思うが、個人的には、色んなところで言及されるので教養にもなる『ベニスの商人』を推したい。

これを機会に手にとってみよう。短いのですぐに読み終わる。

 

ホメーロス『イーリアス、オデュセイア』

古代ギリシアの文学で、後に続く様々な文芸作品のベースとなっている。

まさに「古典」で、教養を身につけたいなら一度挑戦してみるのも良し。

すらすらとは読めない独得の言葉遣いには味がある。(翻訳では擬古文で書かれている。)

色んな神々の名前がひたすら出てきて、正直、心地よい読書体験とは言えないだろう。

しかし、3000年近く前に書かれた文学を読むことができるというのは、なんとも言えず素晴らしい体験なのである。

 

読書は人生を救ってくれる

読書は、身につけるまではちょっとしんどい時期が必要な遊びだ。

しかし、読書を身につけると、人生飽きなくなる。これからも素晴らしい作品と心を通わせることができるんだと思うと、生きているのが楽しくなる。

「読書スキル」を取得すると、それこそ怪しげな商品の広告とは違って、本当に「人生が変わる」くらいの大きなメリットがある

作家の北方謙三は、お悩み相談集『試みの地平線』で、

死にたくなったら本を100冊読め!

と言っていた。

読書体験は、絶望的な状況から自分を救ってくれる可能性を持つものだ。

だから、人間には最低限「本を読める」生活が必要なのだ。つらくなったときに本を読めるくらいの余裕と気力を持てなければ、かなり危険な状況と言えるだろう。

人生において本を手放すべきではないので、みんなももっと読書ができる生活を心がけよう。

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