「現代文学」のおすすめ作家と、その小説を紹介する。
海外小説でも、「古典の名作」の情報は色んなところで耳に入ると思うが、現代文学となるとあまり紹介されているものがないので、この記事で紹介していきたい。
著者の国籍や誕生年、出版された年度、翻訳者などをまとめ、手短に著者の紹介と解説もしている。
古くても70年より後に出版された作品のみを紹介している。
「海外の現代文学ってどんなものがあるのだろう?」と探しに来た人にとっては参考になる記事だと思う。よかったら読んでいってほしい。
目次
ミシェル・ウェルベック『服従』
国籍:フランス
誕生:1958年
出版:2015年
翻訳:大塚桃
ミシェル・ウェルベックは、色々とヤバい小説家だ。
詩人として活躍していたが、1994年に出した小説『闘争領域の拡大』がカルト的な人気を博す。その後に出版した数多くの小説によって、現代フランスを代表する作家になった。
テーマは、SFチックな作品もあるが、基本的にリアリズム。哲学と科学全般に対する深い知識に、詩的な才能を組み合わせ、まさに「作家らしい作家」といった実力のある作風。
現代的な問題を好んで扱い、だからこそ「過激な作家」として注目とともに様々な非難を浴びている。
『服従』は、2015年に出版されたフランスの近未来を舞台とした小説で、2022年にイスラム教徒がフランスの大統領になるというもの。移民政策によりイスラム化が進む欧州の問題を描き出す。
なんと、本書の発売当日に、イスラム過激派のテロ(シャルリー・エブド襲撃事件)が起こり、ものすごい偶然によって話題になった。
フランスのみならず、世界的なベストセラー。
単に主張が過激なだけでなく、深い文学性を湛える作風だからこそ、ここまで知られる作家になった。
日本語では良質な翻訳で出版されており、現代作家の中では特におすすめできる一人。
ユベール・マンガレリ『四人の兵士』
国籍:フランス
誕生:1956年
出版:2003年
翻訳:田久保麻理
ユベール・マンガレリは、フランス海軍での軍歴を持つ作家。
自然に対する、優しく美しい描写に定評がある。
『四人の兵士』は、第一次世界大戦の終わり、敵兵に追われて逃げ込み、偶然知り合った四人の兵士を描く。彼らは極寒の地に追われ、生き延びるため、小屋を建てて共同生活を営む。
戦争で心の傷を負った彼らは、煙草を賭けてサイコロ遊びをしたり、わずかなお茶を分け合ったりと、細やかで美しい時間を過ごす。しかし、やがて飢えなどによる破綻が迫り……というあらすじ。
希望と絶望を繊細に描く美しさに息を呑む。多くの人に読んで欲しい優れた現代文学。
ジャン=フィリップ・トゥーサン『マリーについての本当の話』
国籍:ベルギー
誕生:1957年
出版:2009年
翻訳:野崎歓
J・P・トゥーサンは、ベルギー出身の作家だが、フランス語で小説を執筆している。自らの小説をもとに映画の製作なども手掛けているらしい。
「これぞフランス!」といったようなエスプリに溢れた『浴室』という作家が高く評価され、フランス語圏を代表する作家になる。
過激さはなく、素朴に文学的な作品だが、天才の所業と言いたくなるようなものがある。『浴室』を始めとする初期の作品は「ミニマリズム」と形容され、評価されている。
サッカー好きらしく、『ジダンの憂鬱』というエッセイも書いているが、著者本人もスキンヘッドで、見た目がジダン(フランスのサッカー選手で、現在レアルマドリードの監督)に似ている。
『マリーについての本当の話』は、フランスで2009年に出版された比較的最近の作品だが、パリを舞台に粋なユーモアとエロティシズムを描く、文学の最前線。
アゴタ・クリストフ『悪童日記』
国籍:スイス、ハンガリー
誕生:1935年
出版:1986年
翻訳:堀茂樹
アゴタ・クリストフは、ハンガリー出身の作家だが、スイスに亡命。スイスのフランス語圏で生活した。
ハンガリー語で詩などを書いていたらしいが、生計を立てるためにフランス語で執筆し始め、『悪童日記』でデビュー。母国語ではない、後天的に身につけた言語で成功した作家ということになる。
『悪童日記』は、戦火の中で息抜き、大都会の「大きな町」から田舎の祖母の家に疎開した双子の天才少年の物語。
生きるために手段を選ばない「悪童」の、衝撃的な物語。
たどたどしい筆致で、ここまで心臓がどきどきするような内容を描けるのかと驚く。最初に読んだときの衝撃は忘れられない。
翻訳も素晴らしく、非常に読みやすいが、大きな衝撃を世界中にもたらした文学作品。
アントニオ・タブッキ『供述によるとペレイラは……』
国籍:イタリア
誕生:1943年
出版:1994年
翻訳:須賀敦子
アントニオ・タブッキは、数々の良作を生み出してきた、イタリアを代表する現代作家。
ポルトガルが大好きなことで知られている。ポルトガル文学を先行し、大学でポルトガル語の教鞭もとっていた。
20世紀前半のポルトガルを描いた『供述によるとペレイラは……』は、タブッキの最高傑作と評価されることが多い。
1938年、ファシズムの影が忍び寄るポルトガルが舞台で、50代の善良で冴えない中年男性ペレイラが主人公。タブッキの作品は、幻想文学っぽい作風のものが多いが、本作はリアリズムに寄っている。
翻訳は、イタリアの叡智の数々を日本に紹介したイタリア文学者の須賀敦子。
イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』
国籍:イタリア
誕生:1923年
出版:1972年
翻訳:米川良夫
20世紀イタリアの国民的作家とされ、「文学の魔術師」とも呼ばれる多彩な作風。
「幻想文学」とカテゴライズされることもある、とらえどころのない作風で人々を魅了した。
イタリアで圧倒的な評価を得ているほか、世界中で翻訳されている。
『見えない都市』は、空想的な様々な都市の見聞録を、マルコ・ポーロがフビライ・ハンに語るというもの。と説明されても意味がわからないと思うが、「こんな小説があったのか!?」と読めば驚くと思う。
本当に捉えどころがないが、読むと引き込まれる、魔法のような小説。
ペーター・ハントケ『反復』
国籍:オーストリア
誕生:1942年
出版:1986年
翻訳:阿部卓也
ペーター・ハントケは、オーストリア国籍の作家で、現在はフランスに在住している。
ドイツ生まれで、ドイツ語圏の作家だが、フランス語も堪能で、翻訳の仕事などもこなしている。
多作で知られ、現代文学を代表するような評価を得た著作をいくつか残している。
『反復』は、オーストリア、スロヴェニア、ユーゴスラヴィアを行き来した中年男性の回顧録として語られる物語。
大きな山場はなく、知的で思弁的に進行していく。文学の厚みを感じる、小説好きのための大作。
オルハン・パムク『わたしの名は赤』
国籍:トルコ
誕生:1952年
出版:1998年
翻訳:宮下遼
オルハン・パムクは、トルコ人で初のノーベル受賞者となった作家だ。
イスラム社会でありながら西欧化も進むトルコで、世界的な視野を持って文学を綴れる作家の一人。
純粋に文学的な手腕の高さでも、世界最高峰の呼び名が高い。
『わたしの名は赤』は、英訳されるやいなや、世界的なベストセラーとなり、続く『雪』などの名作の評価もあり、ノーベル賞に選ばれた。
『わたしの名は赤』の舞台は、オスマン帝国の首都イスタンブールで、時代は1591年の冬だ。ある細密画師が殺され、その原因を探る形で物語が進んでいく。
ミステリーではあるが、それ以上に文学。東西の文化が融合した中世の都市において、圧倒的な知力と文章力によって、壮大な文学的主題が描かれる。
日本とは文化的に遠い話で、ページをめくるたびに物珍しいものに触れたような異国の情緒を感じることができる。
本書を読むことで得られる教養は計り知れないだろう。良質な翻訳で安く出版されていることに感謝!
ジョン・アーヴィング『神秘大通り』
国籍:アメリカ
誕生:1942年
出版:2015年
翻訳:小竹由美子
ジョン・アーヴィングは、アメリカを代表する現代作家。
『オリバー・ツイスト』や『二都物語』などを書いたイギリスの19世紀作家「ディケンズ」をリスペクトし、逆に『ユリシーズ』を書いたジェイムス・ジョイスに対して「ゴミ」と評価している。
ジョイスの『ユリシーズ』は、20世紀を代表する文学と評価されることもあり、かなり難解で教養主義的な内容。そういう「ポストモダン文学」を否定し、プロットを重視する「物語の復権」を掲げている。
優れた文学性と、ディケンズを彷彿とさせるようなストーリー展開の妙によって、識者と一般人との両方から大きな支持を得ている。
『神秘大通り』は、数多くの名作を出してきたアーヴィングが、25年越しの構想を、70代半ばにしてようやく感性させた作品。
メキシコのゴミ捨て場で生まれ育ち、ディケンズの作品に触発されて小説家になり、ニューヨークからフィリピンへの旅に出るフワン・ディエゴが主人公。
一人の男の変遷を、壮大かつ緻密に描く、集大成とも呼ぶべき作品。
アーヴィングの作品はどれも素晴らしく、本書に限らずおすすめしたい。
ポール・オースター『ムーン・パレス』
国籍:アメリカ
誕生:1947年
出版:1989年
翻訳:柴田元幸
ポール・オースターは、ポーランド系ユダヤ人の家庭に生まれ、ニュージャージーで育つ。
コロンビア大学の大学院を卒業して、フランスに移住したこともあるが、アメリカに戻ってきた。父が死去し、遺産が入ったことで、創作活動に専念できるようになり、世界的に評価される数々の作品を世に出す。
『ムーン・パレス』は、コロンビア大学の近くにあり、学生の主人公が通っている中華料理点の名前。ディティールは、著者本人が経験したものに拠っている箇所が多いように思った。
大学生の若い主人公による青春小説だが、とても心に残る、小説ならではの感動と余韻、満足感のある作品。
ありきたりなエンタメとは一味も二味も違う、本当の小説の面白さを味わうことができる。
現代文学の名著として、多くの人におすすめしたい一冊。
カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』
国籍:イギリス
誕生:1954年
出版:2005年
翻訳:土屋政雄
カズオ・イシグロは、日系イギリス人で、ノーベル文学賞を受賞して話題になった。
幼少期は長崎市内の幼稚園に通っていたが、渡英して、それ以降はずっとイギリス。
日本文学の影響はなく、イギリス文学の作家として評価されている。
エスタブリッシュに見られがちな衒学性はなく、現代文学の中ではかなり読みやすい文章。
『わたしを離さないで』は、青春群像劇でありながら、ミステリー小説のようなあらすじの面白さもある。詳しく言うとネタバレになってしまうが、ぜひ読んでもらいたい。
村上春樹『ノルウェイの森』
国籍:日本
誕生:1949年
出版:1987年
村上春樹は、現代文学の作家としては、世界トップと言っていいくらいの人気がある。
サッカーで言うと「メッシ」や「クリロナ」くらい。
ノーベル賞云々で騒がれがちだが、すでに村上春樹はノーベル賞という権威に頼る必要はなにもないくらい、世界中で愛されている作家だ。
おそらく、村上春樹を最も過小評価しているのは日本人だ。
海外の小さな本屋に行ったとき、翻訳された村上春樹の本を見ることがあるくらい、村上春樹はメジャーな現代文学の作家になっている。
順位付けできるものではないのだが、文学というカテゴリーでは、現存する作家の中では世界一位かもしれない。
「人気だから読め!」と言いたいわけではないが、村上春樹の人気はマジですごいよ。
ちなみに、『ノルウェイの森』は、海外でめちゃくちゃ知られているが、ポルノ的な部分が注目されて広まったという経緯もあるようだ。
村上春樹のあの独特のポルノ描写は、世界的にも知られているのだ。
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