カルト的な人気を誇る『闘争領域の拡大』をレビュー【ミシェル・ウエルベック】

ミシェル・ウエルベックについては、当ブログのいくつかの記事で、たびたび言及してきた。

今回は、彼が初めて発売した小説であり、カルト的な人気を誇ると言われている『闘争領域の拡大』をレビューしていきたいと思う。

なかなか魅力を説明するのが難しい作品なので、本文の引用が多めになってしまったかもしれない。

ウエルベックという作家

ミシェル・ウエルベックは、現在60歳の作家だが、作家としてそれほど多くの作品を出してきたわけではない。主要な小説は、現時点で8冊ほどだ。とはいえ、すでに世界的な評価と人気を得ている。著作は30ヶ国語以上も翻訳されていて、日本語でもすべて翻訳されている。

日本の「村上春樹」などと並んで、世界で評価される現代作家の一人。

しかし、「ノーベル文学賞」に選ばれる可能性は少ないと見られている。なぜなら、反イスラム的な言動や、差別的な描写が多いからだ。

フランス「文壇の問題児」であり、いまや世界的な規模での問題児だ。

もともとは詩を書いていたそうだが、36歳のときに処女作『闘争領域の拡大』を出版。カルト的な人気を誇り、その次に出した『素粒子』という小説で、文壇からも絶大な評価を手にした。

 

ウエルベックの処女作

『闘争領域の拡大』は、1994年に発売された、ウエルベックの処女作だ。

主人公はエンジニア(コンピュータ管理者)としてパリで働いているが、これはウエルベック自身の実際の経験を元にしたものらしい。

ディティールや固有名詞などが頻出し、読みやすいわけではないが、強烈な「ウエルベックらしさ」がこの時点である。

わりと読みにくいので、初心者にウエルベックの小説を薦めるうえでは、筆頭には挙がらないと思う。

ウエルベックを最初に読むなら、

  • 絶大な評価を得ている『素粒子』
  • スキャンダラスな影響力を持った『服従』
  • 最新作で傑作の『セロトニン』

あたりをおすすめしたいと思う。

それらを読んでウエルベックにハマったなら、本書『闘争領域の拡大』も気に入る可能性が高い。

 

非モテへの視点、癖になる文体

1994年に発売されたが、いわゆる「非モテ」に焦点を当てた作品であると言える。

そして、その描写が、なかなかに良い。

文章を引用してみよう。

主人公は、同僚で、ブサイクの非モテ男「ラファエル・ティスラン」が壊れ始めていることに気づき、問いただす。

その翌日、朝食の場で、彼はココアのカップをじっと見つめ、それから物思いに耽るようにぽつりと言った。「ちくしょう、二十八にもなって僕はまだ童貞だ!」予想はしていたが、やはり僕は驚いた。その時の彼の説明によれば、残ったプライドが邪魔をして、彼はいまだに娼婦を買ったことがないのだそうだ。僕はそのことで彼を叱った。少しきつい口調だったかもしれない。彼はその晩、週末でパリに帰る直前に、再び自分の見解を説明した。場所は農務省地方局のパーキングだった。街灯がげんなりするような黄色い光を放っていた。空気はじっとりと冷たかった。彼は言った。「そりゃあね、僕だって考えたさ。その気になれば、毎週だって女は買えるだろう。土曜の夜なんてうってつけだ。そうすれば僕もようやくそれができるだろう。でも同じことをただでやれる男もいるんだぜ。しかもそっちには愛までついている。僕はそっちでがんばりたいよ。今は、もう少しがんばってみたいんだ」

それで、主人公は何も言えなくなってしまう。

28歳童貞なのにプライドが邪魔して娼婦を買ったことがないのを叱った、というのも良いし、そのあとのティスランの独白もすこぶる良い。

愛までついている。」が太字で強調されているのも本文ママなのだが、それも良い。

 

「闘争領域の拡大」とは

「闘争領域の拡大」とは、よくわからないような言い回しだが、自由化によって、戦わなければならない領域が増えたことを示す。その結果として格差が生まれる。

雇用の規制がなくなって経済の自由化が進めば、金持ちと貧乏人の格差が生まれる。

性規範がなくなって恋愛や性愛の自由化が進めば、モテと非モテの格差が生まれる。

長くなるが、本文を引用する。

やはり僕らの社会においてセックスは、金銭とはまったく別の、もうひとつの差異化システムなのだ。そして金銭に劣らず、冷酷な差異化システムとして機能する。そもそも金銭のシステムとセックスのシステム、それぞれの効果はきわめて厳密に相対応する。経済的自由にブレーキがかからないのと同様に、そしていくつかの類似した原因により、セックスの自由化は「絶対的貧困化」という現象を生む。何割かの人間は毎日セックスする。何割かの人間は人生で五、六度セックスする。そして一度もセックスしない人間がいる。何割かの人間は何十人もの女性とセックスする。何割かの人間は誰ともセックスしない。これがいわゆる「市場の法則」である。解雇が禁止された経済システムにおいてなら、みんながまあなんとか自分の居場所を見つけられる。不貞が禁止されたセックスシステムにおいてなら、みんながまあなんとかベッドでのパートナーを見つけられる。完全な自由な経済システムになると、何割かの人間は大きな富を蓄積し、何割かの人間は失業と貧困から抜け出せない。完全に自由なセックスシステムになると、何割かの人間は変化に富んだ刺激的な性生活を送り、何割かの人間はマスターベーションと孤独だけの毎日を送る。経済の自由化とは、すなわち闘争領域が拡大することである。それはあらゆる世代、あらゆる社会階層へと拡大していく。同様に、セックスの自由化とは、すなわちその闘争領域が拡大することである。それはあらゆる世代、あらゆる社会階層へと拡大していく。ラファエル・ティスランは、経済面においては勝者の側に、セックス面においては敗者の側に属している。何割かの人間はその両方で勝利し、何割かの人間はその両方で敗北する。企業は何割かの大卒資格者を取り合う。女性は何割かの若い男性を取り合う。男性は何割かの若い女性を取り合う。混乱、動乱、著しい。

まどろっこしい言い方だが、こういう文体を楽しめる人には、ウエルベックをおすすめできる。

金銭と性愛の対比は、後のウエルベックの小説にも続くテーマだ。

 

実験的な小説だし、人を選ぶ内容でもあると思う。

個人的には、初見の人には同じ作者の別の小説を薦めるが、もちろん気になったのなら読んでみるべきだ。

25年以上前の作品だが、まったく古びた感じはしない。

 

『闘争領域の拡大』の感想&レビューは以上。

ウエルベックに関しては、他の書籍のレビューも書いているので、よかったら以下も読んでほしい。

ミシェル・ウエルベック『服従』ヨーロッパ的知性の死を描いた衝撃的な問題作【感想・レビュー】

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