超問題作『プラットフォーム』のレビュー!ウエルベックがどれだけヤバいやつなのかがわかる

ミシェル・ウエルベックは、読者を圧倒する文学性と、強烈な偏見を併せ持つ、現代作家の問題児なのだが、彼の著作の中でもわかりやすく「問題作」なのだが、セックスツーリズムを描く『プラットフォーム』という小説だ。

40歳男性の主人公ミシェルが、父親を亡くしたのをキッカケに、タイへのパッケージツアーに行く。現地で売春などを重ねたあと、そのツアーで出会った女性ヴァレリーと恋に落ちる。それからふたりはセックスツーリズムの企画を立ち上げるというあらすじ。

色々と強烈で、多くの人が眉をしかめるような作品だろうが、個人的には好きだ。

『プラットフォーム』の評価

おそらくだが、ウエルベックの小説の中では、それほど高く評価されているものではない。というより、問題視され、嫌われる原因となっている作品だ。

偏見や、差別意識が強すぎることが指摘されている。

また、(ネタバレを避けるため、何があったかは実際に本を読んで欲しいのだが)、ストーリーの展開にあからさま過ぎるところがあって、そこで明確に評価を落としているように思う。

本作と比べれば、後に出てくる『服従』や『セロトニン』の描写は、だいぶ洗練されているように見える。

それでも、個人的には、この『プラットフォーム』という作品は好きだし、決しては褒められたものではなくても、良い文章が多い。

性愛の話が好きな人には、おすすめしたい。

 

性愛の話を延々と……

直截に言えば、タイに旅行して売春をする話だ。

村上春樹の『ノルウェイの森』における性描写の成分が「5%」ほどとするなら、本作『プラットフォーム』は「50%」ほどある。

「ポルノ小説か!」ってくらい、性に関する話が多い。ただ、実用性を目的とした性描写があるわけではなく、性をテーマにした文学が展開されている。

どういう感じなのか、本文を引用してみよう。

「あなたには、それは脅迫観念(オブセッション)だって言われそうだけど、わたし、あのドイツ娘に訊いてみたの、黒人男のなにが白人男よりいいのかって。ほんとに、顕著な傾向よね。要するに白人女はアフリカ男と寝たい。白人男はアジア女がいい。わたしはそれがなぜだか知りたいの。仕事上、大事なことだから」
「白人男が黒人娘に惹かれるってこともあるよ……」ぼくは指摘した。
「ぐっと少ないわ。セックス観光ってことになるとアジアに比べてアフリカはずっとマイナーだもの。結局、普通の観光からしてそうだけど」
「で、彼女の答えは?」
「典型的な答えよ。黒人はリラックスしてて、雄々しくて、ノリがいい。彼らは頭を使わずに愉しむことを知っている。彼ら相手なら面倒がない」
ドイツ娘のこの答えは、たしかにありきたりなものだ。しかしこの場にふさわしいひとつのセオリーの輪郭を示している。要するに白人は抑制された黒人であり、失われた無垢なるセックスを求めているというセオリー。もちろん、このセオリーでは、アジア女性が放つ神秘的な魅力については説明できないし、経験者が口を揃えていうところのアフリカ系黒人のほれぼれするようなセックスの巧さについても説明できない。そこで僕はもっと複雑でもっと怪しげなセオリーを土台にしてみることにした。要するに、白人は褐色になって、黒人のダンスを習得したい。黒人は肌の色を明るくし、髪をストレートにしたい。全人類は本能的に混合を求めている。区別のつかない状態が行き渡ることを求めている。そしてまず最初の段階ではセックスという基本的手段によってそれを実現しようとする。ただひとり、このプロセスを終わりまで推進した人物はマイケル・ジャクソンだ。彼はすでに黒人でも白人でもない。若者でも老人でもない。それどころか、ある意味では男性でも女性でもない。彼の私生活は誰にも想像できない。彼は普通の人類のあらゆるカテゴリーを併せ持ち、あらゆるカテゴリーを越えようとした。だからこそ彼はスター、それも歴史的スーパースター(しかも事実、最も偉大なスーパースター)でいつづけられる。ほかの面々(ルドルフ・ヴァレンチノ、グレタ・ガルボ、マレーネ・ディートリッヒ、マリリン・モンロー、ジャームス・ディーン、ハンフリー・ボガート)は、せいぜいが天才アーティストという程度だ。彼らは人類の条件を表現してみせたにすぎない。つまりある美的な転換を行ったにすぎない。マイケル・ジャクソン、この最も偉大なスーパースターは、もう少し向こうへ行こうとした。

偏見たっぷりかもしれないが、こういう話が好きな人も多いのではないかと思う。

「全人類は本能的に混交を求めている」として、「マイケル・ジャクソン」はそのプロセスをひとりで行ったスーパースターだと位置づける。

よくこんな話をぽんぽんと思いつくな、と思ってしまうが、この手の文章を延々と書けるのがウエルベックなのだ。

 

問題になっている箇所

本書の中でも、イスラム批判は特に強い。

例えば、ある登場人物(イギリス帰りのエジプト人男性)に、このようなことを語らせている。

彼は故国を訪ねながら、自分の故郷への愛情は少しも損なわれていないと強く語った。それとは逆にイスラム批判にはどれほど厳しい表現を使っても物足りないらしかった。そもそもエジプト人はアラブ人ではない。彼はなによりもまずそれを僕に納得させた。「いいかね、この国はあらゆるものを発明した!」彼は大きな身振りでナイルの谷を指し示した。「建築、天文学、数学、農業、医学……(彼のもの言いは少々大げさだが、近東諸国の人間とはこういうものだし、彼は一刻も早く僕を説得してがっていた)。イスラムが現れてから、なにも生まれていない。知性なんてひとかけらも無い。徹底的に空っぽだ。

過去に様々なものを発明してきたエジプトは、イスラムが入ってきてから駄目になったという主張。このような描写は、差別的であることは言うまでもなく、小説内の人物に、自分の悪意を語らせているわけで、卑怯で醜悪である、という批判も多い。

ウエルベックの文章には力があり、ある種の魅力を秘めているだけに、このような小説は危険かもしれない。

ちなみにウエルベックは、のちの『服従』において、西洋的な知性がイスラムに敗北する様を描いている。

ミシェル・ウエルベック『服従』ヨーロッパ的知性の死を描いた衝撃的な問題作【感想・レビュー】

2019.11.12

 

ウエルベックは日本人をどう見ているか

ウエルベックは、『プラットフォーム』の中で、様々な人種に対して様々な悪意的な描写をしているが、日本人も出てくる。

例えば、以下の引用は、タイの風俗に入ったあとのピロートークのシーン。

そのあと、僕たちはベッドの上で抱きあったまま、少し雑談をした。彼女には特に急いで詰所に戻ろうとする様子はなかった。たいして客は来ないのだという。彼女によれば、ここはどちらかといえば団体旅行客が最後に立ち寄るようなホテルで、客層は平凡でほとんど色事に興味のない人々らしい。フランス人は多いが、そのほとんどが『ボディマッサージ』の存在に気づいてないらしい。店に来てくれる客はみないい人だが、たいていはドイツ人かオーストラリア人。日本人もときどき来るが、連中は好きじゃない。連中は変わっていて、いつも殴ったり縛ったりしたがる。でなければ靴を見ながら延々とオナニーしている。どこが楽しいかさっぱりわからない。

「日本人にどういうイメージを持ってるんだよ!(笑)」と言いたくなる。

 

あと、面白いのが、「ギド・デュ・ルタール(ガイドレター)」を握りしめながら、風俗のような仕事に従事する女性たちに対して主人公が感謝するシーン。

僕は服を脱ぐとき、もう一度オオンとタイじゅうの娼婦に感謝した。そうした娘たちがやっている仕事は生半可な仕事ではない。めったにまともな男に当たるものではない。まずまずの肉体の持ち主とか、いっしょにオルガスムを味わおうとしてくれる殊勝な男はまずめったにいない。日本人についてはいうまでもない―――この想像にぞっとして、僕は手元の『ギド・デュ・ルタール』を握りしめた。

「日本人についてはいうまでもない」らしい(笑)

 

……そんなわけで、色々な問題点がありながらも、最後まで夢中になって読み進めてしまえる小説だった。

強烈に人を選ぶだろうが、気になった人はチェックしてもらいたい。

 

ミシェル・ウエルベック『プラットフォーム』のレビューは以上。

当ブログでは、「おすすめの小説ランキング」などの記事も書いているので、よかったらそちらも読んでいってもらいたい。

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