ブラック不動産営業を生々しく描写した小説『狭小邸宅』の感想&レビュー【新庄耕】

新庄耕『狭小邸宅』は、不動産会社をテーマにした小説だ。

描写がリアルで、ルポタージュのような小説にも思える。小説だからこその生々しさが伝わってくる。

かなりブラックな企業の内実を描くが、セリフ回しなどの勢いがよく、小説として読んでいるぶんには楽しい。

「すばる文学賞」の受賞作で、作家デビューの小説だが、文章力は高く、最後まで面白く読めた。

ブラック企業の詰め方がリアル

主人公は、そこそこ良い大学を出たけど就職活動をあまり頑張らず、「どれだけ家を売ったか」だけで評価される歩合給の不動産会社に入社する。

著者が経験者なのかどうかはわからないが、かなりしっかりとした取材のもとに書かれていると思われる。

リアリティのある描写かつ、テンポ良く進むので、夢中になって読み進めることができた。

以下は、木村という遅刻してしまった新入社員が詰められるシーン。

「いいなぁ、まだ学生気分が抜けきらなくて。女の尻追っかけて、朝まで呑んだくれて、いいなぁ」
「いえ……」
否定すべきかどうかすら判断できないでいるように聞こえた。
「お前、今日案内入ってんの」
乾いた声だった。
木村は怖じけた声で、入ってないと答えた。
「これまで会社にいくら金入れた」
「すいません、入れてません」
しきりに頭を下げている。
「聞こえねぇよ、聞こえるように話せ」
木村は怯えながら、入れてません、と繰り返した。
「おかしいよなぁ、何で会社に金を入れない学生気分のお前に給料出さなきゃなんねぇんだ、何で案内ひとつとれないお前に女の尻追っかけるための軍資金こっちが出してやんなきゃいけねぇんだろ」
穏やかだった口調も、その語尾にかすかな怒気が含まれていた。木村は何か口にしかけたが、それは空気を震わすだけで言葉にはならない。ガムを噛む音が荒々しく響く。
「おいっ」
突然、怒声をあげると、握りしめた新聞を木村に投げつけ、拳を机に叩きつけた。

木村は、柔道で鍛えられた100キロ以上はありそうな体をしているフィジカル強者だが、会社では売上は出せていない弱者なので、ひたすらサンドバッグにされる。

いわゆる「ブラック企業」というイメージだが、歩合制で、家を売りさえすれば大きなインセンティブが入るので、必ずしもその不動産会社が「ブラック企業」であるわけではない。

ただ、家を売れない人間は、まともな人間扱いをされず、ストレスと情けなさで辞めていくのだ。

 

不動産営業のリアルな内実、「サンドイッチマン」とは?

不動産営業のリアルがわかるのが面白い。

本書で「サンドイッチマン」という業界用語を知った。

当初、こうした泥臭い営業活動は新人だけに用意された一種の通過儀礼にも似た研修の一環だと思っていた。が、後に客のいない営業マンであれば、新人であれベテランであれ、営業活動の内容に大きな差はないことに気付いた。
その中でも、広告などから問い合わせてきた反響顧客を回してもらえない新人にとって効果的な接客といえば、サンドイッチマンを除いて他になかった。
入社して間もなく、上司に呼び出された。
「松尾、未公開物件あるから、サンチャの駅前でサンドイッチマンやれ」
すぐには意味が理解できなかった。まごついている僕を見て、上司は苛立ちを露わにした。
「あそこにある看板背負って、三軒茶屋行って客探してこいって言ってんだよ、大学出てそんなこともわかんねぇのかよ」
営業フロアの隅に腰の高さほどの看板が二枚、紐で繋がれてたてかけられている。それを見て、サンドイッチマンがどのようなものかわかった。
新宿や渋谷などの繁華街で大きな看板を前後にぶら下げて宣伝する人を見かけたことはあったが、それがサンドイッチマンと呼ばれることなど知らなかった。ましてや、自分が担うことになるとは思ってもみなかった。

最初は、お笑い芸人の「サンドイッチマン」の修行時代のような地道な営業をしろという意味かな?と思ったが、芸人は関係なく、看板に挟まれている姿がサンドイッチみたいなのでそう呼ばれるようだ。

お笑い芸人の影響で、「グーグル画像検索」しても見つからない。

ただ、ウィキペディアのページがあるので、参考画像から姿を確認することができる。イメージがわかない人はどうぞ。

サンドウィッチマン-フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

「こんなことして効果あるのかな?」とも思うが、懲罰的な意味も含まれているのだろう。

売れない不動産営業マンは「サンドイッチマン」の刑に処せられる。

 

「売れば正義」の世界に残り続ける主人公

主人公はいきなり移転を言い渡されるのだが、移転先の豊川課長は、声を荒げないし、暴力的でもなく、常に冷静な男。

主人公が挨拶に行くと、いきなり「よそで売れなかった奴は駄目なんだ、売れたためしがない。だから、悪いが早いところ辞めてほしい」と冷静に言われる。怖すぎる。それでも心が折れず「売ります、やらせてください。お願いします」と言う主人公もスゴい。

「ごく稀にお前みたいな訳のわからん奴が間違えて入ってくる。遊ぶ金にしろ、借金にしろ、金が動機ならまだ救いようがある、金のために必死になって働く。人参ぶら下げられて汗をかくのは自然だし、悪いことじゃない。人参に興味がなくても売る力のある奴はいる、口がうまいとか、信用されやすいとか、度胸があるとか、星がいいとか、いずれにしろ売れるんだから誰も文句は言わない。問題は、強い動機もなく、売れもしないお前みたいな奴だ。強い動機もないくせに全く使えない。大概、そんな奴は、こっちが何も言わなくても勝手に消えてくれる。当然だ、売れない限り居心地は悪い。だが、何が面白いのか、お前はしがみつく」
膝をついて何かにしがみつく自分の姿が頭をよぎった。
「自意識が強く、観念的で、理想や言い訳ばかり並べ立てる。それでいて肝心の目の前にある現実をなめる。一見それらしい顔をしておいて、腹の中では拝金主義だ何だといって不動産屋を見下している。家ひとつまともに売れないくせに、不動産屋のことをわかったような気になってそれらしい顔をする。客の顔色を窺い、媚びへつらって客に安い優しさを見せることが仕事だと思ってる」
自分を指して言っているのか、かつていた社員を指して言っているのかはわからなかった。だが、どちらでも同じことだった。まるで伏せられたカードを一枚一枚めくるように、自分の心の内が明かされていくようだった。
「お前、自分のこと特別だと思ってるだろ」

詰め方がエグい!

だが豊川課長はめちゃくちゃ有能な営業マンで、主人公は彼から営業のイロハを学ぶことになる。

不動産営業が具体的にどういう感じなのかも書かれていて、けっこう勉強になった。

 

全体に勢いがあって、面白く読めるし、現場の知識も得られる、良い小説だと思う。

友達や彼女の描写は、定型的すぎてややチープに感じてしまったが、少なくとも不動産営業に関しては、しっかり取材されていて、とても興味深かった。

こういうルポタージュ的な小説が、もっと日本に増えてほしいと思った。著者は次回作に『ニューカルマ』というネットワークビジネスのリアルを描いた小説を書いているのだが、それも面白い。

 

『狭小邸宅』の感想&レビューは以上。

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