なぜコーヒーは苦いのに美味しいのか?「キレ」や「コク」などの意味を解説

コーヒーは、毎日欠かさず飲むほど大好きな人から、大人になっても苦くて飲めない人まで、好みの別れる嗜好品だ。

「コーヒーの美味しさがわからない」という人はけっこういる。

また、コーヒー好きな人がコーヒーを評するときに、「キレ」や「コク」などという言葉が使われがちだが、あらためてそれがどういう意味なのかと問われると、答えられなくなる人が多いのではないかと思う。(ちなみに、「キレ」も「コク」も、国語辞典には載っていない。)

今回は、「なぜ人は苦いコーヒーを美味しく感じるのか?」「どのような要素がコーヒーの美味しさを形作っているのか?」を解説していこうと思う。この記事を読めば、苦手な人はコーヒーを飲んでみようとなるはずだし、好きな人はますますコーヒーを美味しく感じられるようになるはずだ。

実は、コーヒーは、知識によって美味しさが増す飲み物だ。

味覚研究の分野には、「情報の美味しさ」という概念がある。ブランドイメージや値段から来る高級感も、れっきとした「美味しさ」の要素として認められているのだ。「行列をついた後のラーメン」や「いい感じの場所で食べる料理」などは、実際に美味しく感じるらしい。

だから、コーヒーを知ることで、実際にコーヒーをより美味しく感じられるようになる確率は高い。

この記事を書くにあたって、参考にしている書籍は、旦部幸博著『コーヒーの科学「おいしさ」はどこで生まれるのか』

(特に、第4章「コーヒーの「おいしさ」」、第5章「おいしさを生み出すコーヒーの成分」の記述を参考にしている。)

 

「苦くて酸っぱい」のに「美味しい」と感じる矛盾

ヒトは、自分の身体にとってプラスになるものを「好ましい味」と感じる。

「甘味」は糖類、「うま味」はアミノ酸やタンパク質の味だ。このような味を「美味しい!」と思えば、自然界でも効率よく栄養を摂取しやすい。

「塩味」は、適量なものを美味しいと感じ、多すぎると辛く感じる。これもまた、身体に必要な成分を摂取する上で合理的な仕組みだ。

一方で、コーヒーの味の特徴は、「苦味」と「酸味」だ。

ヒトは、自分の身体にとってマイナスになるものを「不快な味」と感じる。

「苦味」は、有毒な物質を避けるための味覚であり、「酸味」は、未熟な果実や腐敗した食べ物を避けるための味覚だ。

だから、「おいしい苦味」というのは矛盾である。

コーヒーを「美味しい!」と感じるとき、合理的な味覚の仕組みと、ある種の「逆転現象」が起こっていると言えるのだ。

 

大人は苦味に美味しさを見出す

一般的に、「子供は苦味を嫌うけど、大人になると苦味の中においしさを見出だせるようにようになる」と考えられている。

研究によると、苦味を感じる能力(苦味感受性)自体は、子供も大人も大きな差はないらしい。「味覚自体が変わる」わけではないのだ

苦味、酸味、辛味、渋味などの「本来は忌避される味」は、食体験の中で、「これは大丈夫な苦味だ」と学習することで平気になり、美味しさを見出すことができるようになる。

「苦味」や「酸味」は、生理的に不味いと感じる味なので、初めてコーヒーを飲んだ人が「不味い!なんだこれは!」となるのは当然のことだ。大丈夫だと学習する(慣れる)ことで、美味しさを感じるようになる。

大人でも、コーヒーなどの苦いものをずっと避けてくれば苦手なままだし、子供でも、小さな頃からコーヒーを飲み続けていれば美味しいと感じる。

「ビール」や「ゴーヤ」など、苦いけど美味しいものはあるが、それを楽しむには「慣れ」が大事なのだ。

慣れさえしてしまえば、コーヒーの奥深い美味しさを味わえるようになるので、苦手な人は最初は我慢しながら何杯か飲み続けてみよう!

 

コーヒーの「口当たり」って何?

コーヒー(やビールなど他の飲料)の美味しさを形容するときに、「口当たり」という言葉は非常によく使われる。英語圏でも「mouse feel(マウス・フィール)」という言葉があり、コーヒーなどの飲料を評価する語彙としてある程度の普遍性があると見られている。

コーヒーは通常、粘り気のない液体であり、触覚として感じるものにはどれも大差ないはずだ。液体のほんのわずかな粘性や表面張力を認識しているという研究もあるようだが、違いが微妙すぎるので、ヒトが本当に区別できるかは疑問視されている。

『コーヒーの科学』の旦部幸博氏は、コーヒーの「口当たり」は、「味覚の経時変化を、触覚と混同している」のではないかと著書で言っている。

口の中の味物質がゆっくり消失していくときは、実際の液体が持つ以上の粘性を感じるし、逆に素早く消失していくときは粘度が弱いと感じる。

コーヒーの苦味はいくつも種類があり、それらの味覚が早く消えたりゆっくり消えたりする度合いによって、多様な「口当たり」という感覚が生まれる。

苦味が早く消えれば「爽やかな口当たり」に感じたり、苦味が長く残れば「濃厚な口当たり」に感じたり、ということだ。一杯のコーヒーの中の苦味成分の数は膨大なので、そのグラデーションによって、色んな「口当たり」がありうる。

「口当たり」に関するコーヒーの語彙は豊富で、「ベルベット(ビロード)のような口当たり」みたいな表現もあるそうだ。

 

コーヒーの「キレ」って何?

コーヒーを評価するときに、「キレ」という言葉が使われる。

先ほど述べた「口当たり」と同様に、口の中の味物質がどれくらいの早さで消えるかが関係しているそうだ。

ただ素早く消えるだけだと、「あっさり」や「すっきり」と感じても、「キレがある」とはならない。

まず、不快に感じる寸前のきつい苦味があって、それがいい感じに素早く消えると「キレがある」と感じる。

不快な味になる一歩手前のギリギリのところで、さっとストレス要因が消えていく爽快さ、その作用が生み出すカタルシス(浄化感)が、「キレの感覚」につながっていると言う。

 

コーヒーの「コク」って何?

「コク」というのも、コーヒーを評価するときに多く使われる言葉だ。

『コーヒーの科学』では、「コク」は、「濃度感と持続感、広がり、深みを兼ね備えたおいしさ」が根本にあるとされている。

「コク」という言葉は、コーヒー以外にも、カレーなど、旨味や甘味のある食べ物に対してつかわれがちだ。

「苦味」は「旨味」や「甘味」と比べて最初は拒否される味だが、それに慣れ、味わえるようになっていくうちに、複雑な苦味や酸味が組み合わさってコーヒーの味が形作られていることがわかる。このような奥深さが、「コク」を連想させるのかもしれない。

「コク」という語彙がコーヒーにも適用されるのは、不自然なことではないだろう。

英語では、「rich body(リッチ・ボディ)」という表現があり、これが日本語の「コクがある」に近い意味合いだと言う。

 

「酸味」と「すっぱい」の違い

コーヒーは、「苦味」と同様に、「酸味」が味の重要な要素として語られる。

コーヒーに関する古い文献には「酸味」の話は出てこない。ある程度コーヒーが普及してから、コーヒーの味に「酸味」が大きな貢献をしていることに人々が気づく。

コーヒー業界では、「酸味(acidity)」と「すっぱい(sour)」は区別されていて、酸味が強くて不快になると「すっぱい」と言われるそうだ。つまり「すっぱい」というのは酸味が強すぎるときのマイナスのワードとして感覚的に使われている

ただ、一般的な定義としては、生豆の質の悪さや焙煎後に劣化してしまったことによる不快な酸味を「すっぱさ」とし、品質上の瑕疵ではない場合は、かなりすっぱく感じるほどの酸味の強さでも「酸味がある」と、豆の個性としてとらえる。

コーヒーにとって「酸味」は非常に重要な要素で、適度な酸味はさわやかな風味を与え、唾液の分泌を促し、全体をすっきりした味わいに整える。

コーヒーにおいて、「苦味」と「酸味」は、うまい具合にお互いを補い合っていて、人々をやみつきにする絶妙な味わいを構成している。

 

「香り」による美味しさ

コーヒーの美味しさを考えるうえで、「香り」は味と並んで重要だ。

ヒトがにおいを感じる時、鼻の穴から吸い込む空気のにおいを直接感じる「鼻先香(はなさきこう)」と、口の中から鼻腔に流れる空気の匂いを感じる「口中香(こうちゅうか)」に別れる。

鼻から直接嗅ぐにおいと、口の中に入れて鼻に流れ込むにおいは、別の感じ方をするものなのだ。

この仕組みは非常に重要で、ワインの世界では前者を「オルトネイザル(=前鼻孔の)アロマ」、後者を「レトロネイザル(=後鼻孔の)アロマ」と呼ぶ。

また、日本酒の世界では前者を「上立ち香」、後者を「含み香」と呼ぶ。

「鼻先香(はなさきこう)」が純粋な香りとして認知されるのに対して、「口中香(こうちゅうか)」は、口で感じる香りに近い

ヒトは普段から、味覚と嗅覚をセットで認識しているし、二つを混同している場合も多い花粉症や風邪で鼻が詰まっているとき、食べ物の味をあまり感じられなくなった経験がある人は少なくないだろう。

鼻がつまると呼気が鼻腔に流れなくなり「口中香」を感じなくなる。嗅覚を失うと、味の判別は非常に難しくなる。我々が味を認識するために、味覚以上に「口中香」が重要とすら言われることもある。

ヒトは、鼻から嗅ぐ「鼻先香」の鋭さではイヌなどの動物に劣るが、「口中香」を味の一部として捉える能力は、他の動物よりもヒトのほうが発達しているという説もある。

単なる「においの判別」にとどまらず、ヒトは「香り」を「味」として認識することができるのだ。

コーヒーの香味成分に関する研究が進んでいて、コーヒーには約1,000種類もの香り成分があると言われている。同様に香りが重視されるワインや醤油でも300種類程度と言われているので、非常に香りの種類が豊富だ。

ただ、飲む段階まで完成させた「一杯のコーヒー」の香り成分は300種類前後で、それでも多いのだが、他の嗜好品と変わらない。

実はコーヒーは、「焙煎のレベル(火で炙る度合い)」によって、大きく香りが変化する。その合計が1,000種類にもなる。同じ豆でも、調理の仕方によって「香り=味」が変化する、奥深い嗜好品なのだ。

 

コーヒーの「薬理的」な美味しさ

「嗜好品」と呼ばれるものは、脳の神経細胞に作用する「薬理活性成分」が含まれていて、それらは快楽中枢に直接作用する。味覚や嗅覚などのステップをとばして、脳に直接届くのだ。つまり、脳が直接的に感じる「美味しさ」と言うことができる。

合法のものでも、コーヒー、タバコ、お酒などの嗜好品は、脳に直接作用する「薬理的な美味しさ」を持っている。このような「美味しさ」には、すっきりする効果があり、報酬系を刺激するので、しばらくするとまた欲しくなる

これらの嗜好品は、「ドーパミン」と呼ばれる快楽物質の働きを促進するのだが、それぞれの成分によって作用メカニズムが異なり、コーヒーは「カフェイン」、「タバコ」はニコチン、お酒は「エタノール」だ。名前くらいは聞いたことがあるだろう。

「カフェイン」は、嗜好品の中では影響が小さい部類で、医学的、社会的な問題になるケースは稀。「カフェイン中毒」というのはあるけど、栄養剤の飲み過ぎや、カフェインを直接摂取する「カフェインパッチ」などの使いすぎで起こる場合が多い。

自然由来のカフェインが適度に入っているコーヒーは、嗜好品としては丁度良いものだと思っている。

 

違いがわかれば、「情報」が美味しさになる

冒頭で述べたように、「情報」は「美味しい」という感覚に大きな影響を与える。

「苦味」と「酸味」で構成されるコーヒーは、素朴な味覚の直感に反し、それが安全なものだと学習することによって、その美味しさを味わえるようになる

コーヒーは、知れば知るほど、こだわればこだわるほど、より美味しいと感じることができる、とても知的な趣味なのだ。

コーヒーには、色んな豆の「銘柄(ブランド)」があるし、「焙煎」のやり方で味や香りが大きく変わる。それどころか、成分をお湯に溶かす過程である「抽出」の方法にもたくさんの種類があり、それも味を決める要因だ。

ざっとコーヒーの全体像が知りたいのなら、「これさえ読めばコーヒーの違いがわかる!超簡単コーヒー用語まとめ!」という記事も書いているので、よければ参考にしてもらいたい。

知識を得るほど、コーヒーは楽しくなるし、美味しく感じるようになる。

 

まとめ:コーヒーの美味しさとは何なのか?

コーヒーは、その「苦味」や「酸味」を安全なものだと学習することによって、その奥深さを味わえるようになる。また、苦味や酸味の微妙な違い、口内から感じる香りの豊かさが分かるようになると、ますます美味しさが増す。カフェインという薬理的な成分も、コーヒーを飲んで得られる美味しさに手を貸しているだろう。

著書において、コーヒーの美味しさは、「香ばしさと苦味を中心に、酸味その他さまざまな要素が渾然一体となって生まれる、複雑なおいしさ」と述べられていた。

本来なら味覚の検知システムとは矛盾するはずの「苦味」と「酸味」が、奥深い味の楽しみをもたらすコーヒーの主な味成分を構成しているというのは、とても興味深い。食文化の面白さが詰まっている現象と言えるだろう。

コーヒーにハマると、苦味や酸味には、非常に奥深い味わいがあることに気づくだろう。

コーヒーの醍醐味は、奥深い情報を味わう楽しさ、美味しさだ。

そのため、コーヒーにこだわり、コーヒーの知識を得て違いを感じられるようになれば、以前よりもコーヒーが美味しくなるのである。

 

この記事を書くにあたって参考にした『コーヒーの科学』という著書は、科学的にコーヒーを説明している本なので、「コーヒーについてちゃんと知っておきたい」と思う人は読んで絶対に損はない。

「コーヒー」を扱っていることを抜きにしても、様々な知見が得られる、知的好奇心を刺激する素晴らしい一冊だ。

 

また、これはコーヒーに直接関連する本ではないのだが、『旅のラゴス』という筒井康隆の小説もスゴくおすすめだ。

短めのファンタジーで、純粋に小説としてもめちゃくちゃ面白い。そして、読み終わった後はコーヒーが飲みたくなってるはずだ!

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